文明の生態史観 (中公文庫)の、最後の「比較宗教論」の部分を読んで思ったが、教義、救済、物語、いろいろ要素はあると思うけれども、結局は、茫漠とした世界にあって整合性のある世界観を持ちたいということなのではなかろうか。一貫した世界観を持っていなければ、人間は易々と破綻するものである。逆に、持っている世界観が一貫して強固であれば、人間は強い精神力を発揮できるのではなかろうか。いわゆる「信じる者は(ry」ということであろうか。そういった強い力を得ることができた連中が増殖・淘汰を繰り返してできたのが今の宗教版図なのではなかろうか。そして、科学は容易にそういった精神力を駆逐することができたと同時に、科学的な世界観というのが新しく強固で競争力のあるものとして普及したということであろう。分からないものを「分からない」とはっきり言えるものは、他の宗教にはない。つまり、科学も一種の宗教である。
マイナスイオン水とか、サラサラ血液とか、ゲーム脳とか、クオリア脳とか、まあいろいろ、ね。
- 作者: 梅棹忠夫
- 出版社/メーカー: 中央公論社
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