役職定年と定年延長について

川田耕作 on Twitter: "大企業勤務で30歳台後半で妻子持ちで能力は普通だがTwitterでキラキラした外の世界に少し憧れて転職に興味を持ち始めた人達へ贈る言葉… "

大企業勤務で30歳台後半で妻子持ちで能力は普通だがTwitterでキラキラした外の世界に少し憧れて転職に興味を持ち始めた人達へ贈る言葉>考えるな!大企業にしがみつけ!!

学生や子供で、「いい大学に入っていい会社に就職して、一生安泰で暮らすんだよ」と親に言われてその気になっている人は多いと思う。大企業に就職して定年(今だと65歳)まで勤め上げたらきっと幸福になれる!という幻想は、確かに貧困にあえぐことなく暮らして、多少のストレスがあったとしても衣食住に困ることはなく生きていきたい人にとってはそうだろうと思う。ドロップアウトや就職浪人の恐怖に怯えながら学業をこなすことは大変なプレッシャーだ。そういう人は得てして就職に成功すると、働きながらも僅かに現状に不満をもつようになり、ちょっとしたステップアップを望んだりするものだ。その人間の希望を喰らって成長する怪物に食われてしまうことを、元のTweetは強く戒めるものである。

そういう人(わたしもそうだった)が就職活動をしているときに知らず、就職して数年経ってから気づくシステムが役職定年というシステムだ。前置きが長くなったが、大企業に就職して一生安泰というステレオタイプなイメージは実は幻想であり、この幻想を潜在的に破壊しうるう要素は不正会計や倒産、人員整理などいくらでもあるが、この幻想を確実に否定するもののひとつが役職定年である。

役職定年を簡単に説明すると、企業が年齢層の高い社員を高い職位から適当な理由をつけて外すことによって組織内での人材の流動性を高めると同時に人件費を削減することができる、とても都合のよいものだ。具体的かつ典型的には、50歳を過ぎると課長級、50代後半からは部長級に役職定年が来て同じ職場に残るわけにもいかないので、同社の一般職員になって転籍したり、出向してグループ子会社の管理職や幹部になることが多い。給与は7割程度に下がり仕事内容も部下の管理や教育になる(いわゆる一線を退くというものだ)。
また、人間の能力は年齢が上がるにつれどこかでピークを迎え、下り坂になる。能力がピークを過ぎる前に職位を下げることによって、個人の能力低下の会社へのインパクトを抑えるという効果もある。見方によっては、一足早い定年制である。副次的な効果として、企業が同時に雇用できる社員の人数を増やすことができるので、社員(つまり自分)の雇用が維持されやすくなるというメリットがないことはない。

企業へのデメリットとして語られるのは、役職定年を迎えた人間のモチベーションの低下によるモラルハザードや、高齢の一般社員が若年層の一般社員に与える悪影響などがある。これをどうマネジメントするかが、企業の人事施策の腕の見せ所であるかと言われている。

それでは、個人にとって、役職定年はどういうものだろうか?上記の通り一線を退き内容が一変し給与が変わる。場合によっては、元職場とのコネクションを活かして元職場への営業係となる場合もある。グループ子会社に出向した場合は、グループ親会社からやってきた偉かった人(オジサン)となり、子会社の社員からすれば自分が昇進したかもしれない課長や部長職のポストを上から天下ってきて奪われたと思うかもしれない。幅広いコネクションを活かして案件をとってきたり、売上に貢献するような立場になれるのであればよいが…

いずれにせよ、わたしが某大企業を退職したのには、このように役職定年を理解していたせいでもある。

役職定年のここまでの歴史

立命館大学の講義資料 (定年制と平均寿命) によれば、

記録に残っている最古の定年制は、1887年に定められた東京砲兵工廠の職工規定で、55才定年制でした。民間企 業では、1902年に定められた日本郵船の社員休職規則で、こちらも55才定年制でした。上のグラフからわかるように、この時期の男性の平均寿命は43才前後で した。

とあるから、1980年代に60歳定年化されるまで数十年間は日本は55歳定年だったのである。この間に終戦があり神武景気があり戦後日本のシステムが構築されていったことを考えると、55歳が典型的な定年年齢として普及したのだろう。

また、こちらの人事院の資料によれば、

1980年代から行われた55歳定年制から60歳定年制への移行に際して、主に組織の新陳代謝・活性化の維持、人件費の増加の抑制などのねらいで導入されたケースと、1990年代以降に職員構成の高齢化に伴うポスト不足の解消などのねらいから導入されたケースが多いとされている

とある。同時期に日本人の平均寿命は大きく伸びて70歳を軽く突破していることを念頭に入れてこれを平たく主観的に解読すると、お上としては「寿命延びてるし年金の受給年齢を延期して節約しつつ労働市場の供給もキープできて、しかも定年後ヒマヒマ問題を解決できるし(労組系からの組織票もとれるし)一石N鳥じゃない?」という意図が見えてくる。

一方で経営側の立場からすると、人が足りないので定年の延長自体は歓迎したいが、かといって55歳を越えた人の中でもいらない人はクビを切って組織を健全化したい、特に組織で上の方の人間は適当に入れ替えてポストをあけたりしたいけど、若い人に技術を教える熟練者はキープしたい(けどパワーはないし給料はカットしたい)という事情がある。このときおぼろげながら経営側の頭に浮かんできたのがそう「役職定年」である。上の方のポストについている人間は高齢高給の人間が多いので、そこだけをいい感じに切り捨てたい気持ちを役職定年という言葉で見事にシステム化したのである。55歳というリミットを維持したまま、お上の意向(高齢者にも雇用をあげてね、放り出さないでね)を完璧に汲み取っている。

定年が60歳に引き上げられたタイミングで役職定年を導入した企業は多いのではないかと思う。また実際にこの数十年はそういう会社が生き残ってきたのだろう。労働者にしてみれば給料は減らされて仕事はそのままでたまったもんじゃないが、雇用者にしてみればボーナスステージみたいなもんである。65歳定年が導入された2012年改正高年齢者雇用安定法における高年齢者雇用確保措置のときはそのシステムを維持して、55〜60歳の5年間だったボーナスステージを合法的に10年間に延長することができたのである。さらに、2020年改正2021年施行の高齢者雇用安定法によって、そのボーナスステージは55〜70歳の15年にまで延長されたのである。努力義務がどうとか労基が入ってくるかも、とかそういう心配は普通にしていれば不要だ。なんせボーナスステージだから。69歳の人間はヨボヨボだから使えないかっていうと、経産省によればそんなことはなくて健康寿命がそもそも伸びているから大丈夫だろう(リンクP14〜)。


役職定年の今後

たぶん100歳くらいまで働かされるんじゃない?どうせ俺らなんて定年アガリしてもすることなくてインターネットみてるだけだよ。せいぜい認知能力と体力が落ちないように鍛えておこう。

でもわたしの雇用主はまだ若い企業なので、役職とか役職定年のようなシステムはまだない。そんなに変なことにはならないはずだから、今後どうなるか要チェックやで。

定年制は年齢差別か?

一定の年齢に達したときに双方の合意なく雇用関係が終了するようなシステムとしては、定年制は年齢差別なので違憲(14条、法の下の平等)だと思っている。が、平均寿命が短くて職業選択の自由がなかった時代にはそうではなかったのだろう。( なぜこの国には「定年」があるんだろうか 日本だけの"年齢差別"の慣習なのに | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) とかの律令の引用を見るとそういう感じがする、本当はそういった研究を探してくるべきなのだろうが、カロリーがたりなかった)。つまり本来は「長年のお勤めご苦労さまでした」と、定年に達した者を労うものであった(独自研究)。労働者が労働を辞めることを許されていなかった封建時代にキャリアを合法的に円満に終わらせる手段だったのである。だからこそ定年は祝福するべきものだったのである。
労働者が合法的に辞める唯一の手段としての定年は、近現代になって職業選択の自由が導入されたタイミングで制度的には無実化していたといえるだろう。しかし戦後しばらくは経済発展が続いて、労働市場が基本的に売り手市場だったためこの慣習は続いた。定年の日にオジサンが花束を渡されるのはそういうことだ。しかし、バブル崩壊後の数度の不景気で慣習を維持できなくなり、意味合いが「体よく組織の古い人間を合法的に降格させるためのシステム」に徐々に変わったのである。つまり、封建時代のレガシーが年齢差別となって現代に残ったのだ。

まとめ

  • 安定を求める人にはいいかもしれないけど役職定年は罠
  • 役職定年は雇用側にとってボーナスステージ
  • 定年制は封建時代のわるいレガシー

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参考

令和2年3月13日、「国家公務員法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、第201回国会に提出された。同法案においては、令和12年4月1日に定年が65歳となるよう、令和4年4月1日から2年ごとに1歳ずつ定年を引き上げることとされるとともに、60歳に達した管理監督職の職員は原則として管理監督職以外の官職に異動させることとする管理監督職勤務上限年齢制(いわゆる役職定年制)、60歳以降の職員について多様な働き方を可能とする定年前再任用短時間勤務制等を新たに設けることとされている。

「民間の場合、役職定年制という独特のものがある。これは組織の活性化のために導入している企業が多いと思う。やり方次第では、役職への就任を定年のようにストップすれば、本人のモラールは低下するかもしれないが組織の活性化は維持できる。」