二月の戦い 実践編

Pyspa Advent Calendar 2021 , 9日めの記事です。

まだ戦いは先の話なので気軽に書いています。二月の勝者は未読です。私自身は中学受験はしていませんが、祖母は神戸で私塾を営んでいて、小学生の頃は家族で帰省する度に食塩水の問題を解かされたりしていました。ネットではタワマン文学と併せて茶化されるサピックスですが、今まさに長男が通っているので、父親として見聞きできる限りの実態を赤裸々にお伝えしようと思います。

基本的なサイクル

サピックスでは毎週、4教科(理科、社会、算数、国語をひとコマずつ)の授業があります。その授業1回につき一冊のテキストが配られます。どれもだいたい10〜20ページくらいあって、教科ごとに構成が違います。

  • 算数…その週の知識確認問題と、復習用の問題、発展問題、計算力コンテスト
  • 国語…その週の文章題。物語文、説明文など週によってまちまち。
  • 社会…その週のカリキュラム内容の解説が前半にまとまっている。後半には知識確認問題→応用問題→先週までの知識確認問題
  • 理科…その週のカリキュラム内容の解説が前半にまとまっている。後半には知識確認問題→応用問題→先週までの知識確認問題
  • 6年生になると、4教科に加えて志望校の対策授業がみっちり入る。

その週のカリキュラムは配られたテキストに書かれています。授業で解説されて授業中にテキストの問題を一部練習で解きます。残りは持ち帰って全部やります。これを親が採点して復習させます。翌週には、理解度をチェックするテストが各教科であります。ウィークリーで理解度を厳しくチェックして、これがよくない子は集中的にケアがされるようです。ケアの度合いは上位のクラスほど丁寧であったり厳しかったりします。
この「上位のクラス」というのを規定するために、ほぼ毎月組分けのテストが行われます。いわゆるマンスリーとか組分けというやつです。組分けのテスト範囲は、それまでの授業範囲を指定したテストの場合と、範囲を特に定めない実力テストの場合があります。このテストの点数によって厳密にクラス分けされます。クラス分けは、いわゆるαグループ(上位1〜2割)と、アルファベットで分けられる通常のグループに分けられます。クラス数はその教室の生徒の人数によって変動しますが、マンモス校だと26クラスとかあるようです
また、子供の学校の休みに合わせて春季、夏季、冬季の講習があります。これらの講習ではサイクルが一週間よりちょっと短くなりますが、短くなるだけで授業→復習→小テストのサイクルは変わりません。1,2,3学期に加えて春夏冬の講習があって、ざっくり年間で6セメスターある感じです。とはいえ1,2日連続した授業日の合間に1,2日あきますし、盆暮れは休みになるので、その合間を縫ってで旅行や帰省をすることになります。ここ2年はたまたまコロナ禍で旅行帰省をしにくくなっていたので、幸か不幸か好都合でした(ToT)。

これに加えて、半年に一回サピックスオープンという全国?模試があります。これで自分の位置取りをテストして、偏差値から志望校に対する合格率を確認することができます。といっても、20%, 50%, 80% といった大まかな値しかわからないようになっていて、そもそもテストの成績は正規分布に従うようにはなっていないのだからあんまり当てになるものでもないです。なんとなく、近い中くらい遠いくらいが分かる程度のものです。

というわけで、基本的なサイクルとしては、以下のようなものになります。

  • 毎週は授業→復習→小テスト
  • 毎月はマンスリーテスト→組分け
  • 半期ごとにに組分けテスト
  • 半期ごとに全国模試→志望校を考える

これに対して月謝がだいたいN万円で、毎週の授業時間もNに比例して長くなる感じです。高学年になるほどNは大きくなりますが基本的には一桁です。サピックスにかかる月数万円が教育格差というのは確かにそうですが、サピックスに入る目的は中学受験で、都内の私立中高一貫校に入るためです。サピックスの月謝はこういった学校の学費と大体同水準なので、私立校を目指すのであればそれくらいの経済力が必要になるということです。ただ、そういった私立校の多くは奨学金の制度があるらしいので、それを目当てにするのであればサピックスにかかる金はわりと高いということになるでしょう。
実際には、サピックスに通える地域に住んでいること、サピックスの復習を採点できる程度の親の教育と余暇も要求されているので、これも加味して考えれば大きな格差といえるかもしれません。わたしも地方の公立中出身なので、都内にいることのアドバンテージが非常に大きいことを知っています。

クラス分けについて

サピックス都市伝説として、クラス分けが子どもたちのカーストを形成していると言われます。地方出身のわたしにはまだ信じられないことですが、どうやら都会ではそうらしいのです。運動が苦手でも子供が自信を持てるのは素晴らしいことですが、どうやらそれがマウンティング要素にもなっているようです。そもそもマウンティングするような子供に育てるべきではないですし、マウンティングされたからといって自信を失わないようなメンタリティを育てていきたいところですね。子供の誇りの扱いは難しいと思いますが、いろんなことをやらせて、勉強以外でもとにかく自信をつけさせるようにしてやりたいですね。
サピックスで上位に入るために家庭教師をつけるという話を聞いたことがあります。どうも上記のようなサイクルを親子だけで回せないような場合に、サピックスとしてもこれを推奨しているようです。子供の成績が上がってサピックスで結果が出るようになるのはいいことでしょうが、我が家では家庭教師をつけるほどの余裕(時間、金銭、場所)はないので、子供のためにそこまでできるのは本当にすごいことだと思います。でも実際に家庭教師をつけているという話はうちの子供の周りでは聞かないので、やっているとしてもごく一部なのでしょう。

我が家でも、もちろん成績を少しでもよくしようと努力をしています。ただ物量的な負担はかなりのものになるので、理科と算数はわたしが、国語と社会は妻がみています。親の負担はこうして分担できますが、勉強する本人はどうやっても分担できないので本当に大変だと思います。家庭での指導は、基本的には授業でもらってきたテキストの残った問題を解いて採点する、解けるようになるまで繰り返すというスタイルをとっています。ただこれがどうやっても量が多いです。天才タイプの子供であれば1教科1時間程度で済ませられる量ですが、普通はわからない問題があったり、授業で解き方を教えてない問題があったり、先生の教え方が曖昧(or子供の理解が曖昧)なものがあって、1教科数時間かかるのが普通だと思います。
ここだけの話ですが(といいつつインターネットに書く)、テキストの問題や回答例もたまにすごく完成度の低いものが混ざっていて、曖昧だったり意味不明だったりします。そういうときのために、先生に質問する機会が設けられている(休み中は電話もできる)ので、それは積極的に活用すべきです。テキストにあることをすべてを金科玉条のごとく信用するのは危険ですし、そのときに親の教養や知性が問われます。心を強く持つ必要がありますが、9割以上のケースではよくできているので疑い過ぎることのないようにします。

中学受験そのものについて

では、そもそも中学受験とはいかなるものか?基本的には、小学校のカリキュラムの範囲内か、中学校のカリキュラムに触れない範囲で学校が入試問題を作成して入学者を選抜します。塾としては、そういったテストで高得点をとれるように子供を訓練することになります。

この「中学校のカリキュラムに触れない」というのが曲者で、いわゆる植木算、旅人算、鶴亀算などが典型ですが、サピックスの問題はさらにそこから少し広めにカバーしてきます。見たことのない問題で子供が戸惑わないようにしているのだと思いますが、わたしが見る限りでは順列組み合わせ、等差数列、幾何学などの内容がガッツリでてきます。さすがに微積分や線形代数は出てきませんが、鶴亀算なんかは複雑で連立方程式なしには解けないようなものが出てきます。算数が得意な子供は脳内で鶴亀算を変数なしで展開して連立方程式を解くのに相当することをやってのけるようですが、そこまでいくと親(と塾講師)の能力を超えてしまうので、結局代数学もどきを教えてしまうことになります。□や△を変数にしたり、比率も必要な場合は③とか⑤といったよくわからない記号をつかって代数的に解いていきます。ここまでくると何を教えているのかわからなくなってしまい、果たして中学受験とは何だったのか?みたいな気持ちになります。

理科だと典型的には百葉箱だったり日時計、星座の問題がでてきたりします。星座や天体運行なんかは脳内に太陽系の配置と天球を三次元的に理解させるのである程度直感でなんとかなりますが、百葉箱についてはpyspa内でも議論になりました(私が一方的にキレていただけともいう)。つまり、果たして百葉箱は真に気温を測れているのか?なぜ白いのか?なぜ芝生の上でなければならないのか?これらはさまざまな物理現象の複合で、知識があればあるだけそれを動員して答えることができます。わたしが特に???となったのは、百葉箱が芝生の上に立っているのは「地面から熱が伝わらないようにするため」という回答例があったときでした。字句通りに読むとこれは熱伝導という現象を前提にしていることになりますが、気体を介した熱拡散を熱伝導と呼んでよいのか?流体も含むため熱拡散方程式では記述できない複雑な現象なのではないか?という疑問があたまから消えませんでした。地面からの黒体放射はどの程度影響するのか?等々議論の結果、どうやらいわゆる一般の模範解答でいいらしいのですが、まあ明らかに小学生が理解すべき範囲を超えているわけです。

他にも、古典力学でいう回転モーメントのことをテキスト中で「回転させる力」と定義していたりで、とにかく中学以降の範囲に触れないように言葉を選んだ結果わけのわからないものになっている、というのが中学受験競争の実態だと思うようになりました。まあ実際には十分な時間教育を受けたわけではない子供の先天的、後天的能力を公平に測って比較選抜するという超絶無理難題に対する試行錯誤の結果だとは思うのですが、それにしたって比較選抜される側は大変です。

仕事柄、そういった選抜に子供時代に勝ち残った人たちと接することがありますが、皆一様に人格者であったり、なんかしら優れた能力を持っていたりするわけで、どちらが因果かははっきりしないですが(そして生存バイアスかもしれませんが)、社会のシステムとしてはよくできているのだなと思ったりもします。

親が子供に教えるということ

なぜ人類は有史以来、子供に習い事をさせたり、家庭教師をつけたりするのか?これは親にその能力や時間がない場合も多いですが、もうひとつ大きな強い理由があることははっきりしています。親と子の関係に加えて、教師と生徒という関係を併存させるのはとても難しいからです。親は子供に期待をします。子供はもちろん期待に応えようと努力します。でも、どちらも完璧にはできません。子供の能力を超えて親が期待することもありますし、親の全ての期待に子供が応えられることはほとんどありません。そのギャップが大きいほど親子それぞれが苦しむことになります。「どうしてこんなこともできないんだ」「そんなのできるわけないよ」「どうしてサボるんだ」「サボってない(こんなに沢山できないよ)」といったやり取りを経験した人も多いと思います。
子供に甘くしすぎると成績はあがりませんし(小学生なのでself-motivateするのは難しいのが普通です)、かといって厳しくしすぎてもだめです。親子に埋められない溝ができたり、子供を深く傷つけたりすることになります。いくら受験に勝利してもそうなってしまっては元も子もないですから、そこにはなるべく注意を払いますが、それでも感情的になってしまうことはあります。ままならないものですが、これをうまくやらないとそもそもスタートラインに立てません(勉強する姿勢にならない)。

子供をいわゆる「いい学校」に入れるのは、教育の一環です。親が幼少時の育児を終えたあと子供に最後に贈ることができるのが教育です。教育とはつまり、子供が経済的に自立するための能力を与えてやることで、これは実際には学歴や専門知識である必要はないです。結果的に自立できるのであれば、音楽やスポーツ、芸術であってもいいと思います。実際勉強するのが一番コスパがいいとは思っていますが、塾に入れて勉強させるのは親がそういう選択をしたということであって、まあ私の場合は他がサッパリダメなのでそれくらいしか教育をできないということでもあります。なので、子供が本気で「勉強したくない」と言ったのであれば認めて受験をやめるべきです(ここは議論のあるところだと思いますが、原則論はこうです)。なので、上から「勉強しなさい」と頭ごなしに叱ったり脅したりするのではなく、方便を尽くして説得することになります。もちろん大人対子供なので、どうディベートしても大人が勝ちやすいのが実態ですが、なるべく誠実に自分の人生で知る限りのことを解説します。勉強ができるといろんな知識や技能が身につく、知識や技能が身につくと年収があがる、年収があがると不幸を減らすことができるし漫画やゲームだって大人買いできる・・・等々。読者諸君はどうやってお子さんを説得しているでしょうか。

その上で、親は子供の横に立って一緒に問題を解いたり、学校見学に行ったり、テストや勉強を応援することが大切だと思います。中学受験も侮れないもので、理科や社会の知識問題では親よりも博識になっていますし(山に行ったらあの花はなんだ、あの葉っぱはなんだと解説してくれます)、理科の問題では親の理解が曖昧なところを復習できたりします。わたしのおすすめのテキストは「よくわかる初等力学」です。サピックスのテキストでなあなあで済ませているところを、古典力学で解析的に問題を解いたり暗黙の前提をうまくすべて言葉にしてあったりします。微積分が出てくるので子供に直接読ませるのは難しいのですが、これを見ながらサピックスの理科で出てくる物理の問題を自信をもって子供に解説できるようになりました(そしてサピックスのテキストがかなりきっちりと要点を押さえていることにも気づきました)。


著者の前野先生は同様のシリーズを理科の他分野でも出しているようなので、こちらもおいおい買って読んでいこうと思っています。

話を戻すと、中学受験はいわゆる二人三脚(両親なのでうちは三人四脚ですが)で、子供の学力を上げる息の長いプロジェクトをやっているようなものです。うちでは親子に加えて師弟という関係を追加することにしました。このプロジェクトの過程でよくも悪くも子供のいろんな面をみて学ぶことができました。まだ終わってないけど。単なる養育とは違う、一緒に何かを頑張るという新しい関係を息子とは構築できたような気がしています(向こうはしんどいとしか思っていないかもしれないけど)。まだ終わってませんが、そういう建設的で新しい関係を築けただけでもよかったなあと思って、日々息子を「勉強やろうぜ」と煽っているところです。

Tips

うちで実践していて上手くいってる(上手くいかなかった)取り組みを順不同で紹介してみようと思います。子供をけなしているような表現が多くみられますが、これは筆者の子供時代の経験や記憶を振り返っても真実だと思っているので異論は認めません。そして息子はびっくりするくらい父親に似ます。びっくりするよホント。

Bad

  • 勉強用の個室を与える・・・人目がないとずっと遊びます。自室には誘惑が沢山ありますが、子供という生き物はなんでもオモチャにするので監視の目が必要です
  • 居間で勉強させる・・・人目がありすぎても集中できなくなります。弟が大声で歌ったり母親が料理をしていたり、在宅勤務の父親が母親と雑談したり。
  • 夜遅くまでやらせる・・・「夜の方が集中できる」ダメです。俺みたいになるな
  • 勉強計画表を作らせる・・・計画は破るためにある
  • 目標達成したらご褒美・・・子供という生き物は何があっても勉強したくない生き物なのでご褒美は特に効果はありません
  • 毎月のKPT振り返り・・・親が主導してできるかと思ったけど、そもそも親が普段やってないことを子供にやらせるのは無理だった

Good

  • スタバとかに連れ出して一緒に勉強する・・・家の雑音から隔離して適度に人目のあるところに置けて、なおかつ外出で気分転換にもなる
  • 毎日言葉で応援したり煽ったりする・・・小学生男子の記憶力はトリ並みなので毎日思い出させてやる必要があります。今風にいうとモチベーションマネージメントというやつです。
  • テストの結果だけでなく内容を一緒に見てほめたり対策を考えたりする・・・テストはいわゆるシステムからのフィードバックなので客観的な目でもレビューして言語化してやると、数日くらいはモチベーションアップに貢献するようです
  • 気分転換の外出・・・ごく稀に公園にテーブルを持ち出して勉強したり、プロバスケットボールの試合を観に行ったりします。旅行は難しいですが日帰り程度なら気分転換になるようです。なっていると思いたい。
  • ブラタモリと鉄腕DASH・・・夕食時に家族で観ます。このときだけは勉強のことは忘れて、家族みんなで楽しく観ます。それ以外はほとんどテレビはつけません。
  • 運動系の習い事・・・本当はもっと運動させたいのですが、なんか親に似て運動嫌いみたいなので、本人が楽しいと言ったやつに週二つ行かせています。

まとめ

二月の戦いについて我が家の現状をまとめてみました。まだ終わってないからこそ書けることばかりでしたが、いかがでしたか?