公共圏に出しても恥ずかしくない議論ができていますか?

確かに、公共圏の存在と維持は、重要なことだ。そして、プロのジャーナリストの大きな役割が「公衆の番犬」であることも間違いない。
 しかし、そのことと、いまの日本の報道機関が現実にその役割を果たしているかどうかは、別問題である。
 とくに経済政策について、日本の巨大メディアが番犬機能を果たしているとは、到底思えない。むしろ、政府のプロパガンダの伝達役でしかないことが多い。政府の宣伝文句に何の疑いも持たず、受け売りで報道している。これでは、番犬とはいえない。このことこそが問題だと、私は思う。

「食糧自給率の定義がきちんとできていない」まで理解した。

マスメディアが不勉強であるという問題提起は分かった。しかし、その理由(なぜ「政府の番犬で満足しているのか」の構造)をきちんと議論して対案を仄めかすまでしないと、単なるダメ出しに過ぎない。建設的でないし、読む価値なし…と思っていたら、最後のネットの話でずっこけた。
また語りたいらしいけど、期待薄ですね…。