最近のBashoのニュースの「買収」という言葉はちょっと違う(追記あり)

PublickeyというIT界隈でわりと影響力のあるサイトで分散型NoSQLデータベースの「Basho」をギャンブルサイトの「Bet365」が買収。全製品のオープンソース化を表明という記事が公開された。しかしながらこの記事は若干の誤りを含みつつミスリードが多かったのでここで指摘していきたいと思う(この記事の公開後に修正あり)。今北産業の方々は末尾のまとめをご覧いただきたい。

www.publickey1.jp

なお私は 2016年3月までBashoの日本法人の被雇用者であり機密情報を一部知る立場であったが、ここでは公開情報だけをもとに解説する。また現在は一連の関係者との公的な関係は一切なく利害関係にないことを明記しておく。つまり外野で野次馬です。

基本的な指摘事項

Bet365を表現するのに「ギャンブルサイト」という言葉は一般的ではない、きちんとした会社である(対応済み)

はてブでブックメーカーをギャンブルサイトといえば確かにそうだけど。というコメントがついている通り、Bet365は伝統的なブックメーカーのオンライン版であると表現するのが正しい。「アメリカの大統領選挙やゲームの大会、アカデミー賞の授賞者や次のジェームズ・ボンドを演じる役者等もブッキングの対象になる」とあるように、イギリスではプレミアリーグから何から何までギャンブルの対象にすることが法律で認められている。飲み屋でよくある「アイツが明日遅刻するのに10ポンド賭けてもいいぜ」みたいなのが大っぴらにできるというわけだ。日本では賭博行為は一部の公営のものだけが認められており、その他の賭博は全て違法である。日本語で「ギャンブル」というときはネガティブな文脈で出ることが多く、関連付けて記述されたものはよい迷惑であろう。

こちらの解説にもあるようにBet365はきちんとした歴史ある会社で知名度も高い。

BET365とは1974年から続く超老舗ブックメーカーで、 現在は、全世界200ヵ国に500万人の顧客がいる と言われている大手メーカーです。
イングランドプレミアリーグ(イギリスのトップリーグ)、ストークシティのユニフォームスポンサーを務めるなど、名実ともに信頼ある大企業です。

しかるにPublickeyではタイトルからしてミスリーディングであり、Riakというソフトウェアの将来が怪しいギャンブル企業に買われてしまってどうなってしまうのか分からない…といったことを示唆する記事になっている。もちろん本文にそういった記述はないが、日本での賭博行為に対する一般的なイメージからいって先入観をもって読まれることは確実であろう。

したがって、新野さんは何よりもそれを予め防ぐような書き方をすべきであったと思います。訂正入りました

Riakを始めとするBashoの製品は「ほとんど」がそもそもオープンソースソフトウェアであった(対応済み)

記事には「Bet365のCTOが、Bashoの全製品をオープンソース化すると宣言」という見出しがあり、この曖昧な記述ではBashoの製品がプロプライエタリであるかどうかはっきりしない。全製品をオープンソース化という表現は、全製品がクローズドソースであったことを強く示唆する書き方であり、Riakというソフトウェアの正しい理解を妨げると思う。もともとRiakはOSS版とプロプライエタリ版があり、OSS版では一部機能が実装されていないという差があっただけのことだ。それはPublickeyの以前の記事(Amazon S3互換、Yahoo! Japanも採用した分散オブジェクトストレージのRiak CSがオープンソースで公開 - Publickey)でもある程度触れられていると思ったのだが、ここの記述は簡素に過ぎると思う。

OSS版との機能差は主に以下である。

  1. データセンター間レプリケーション
  2. SNMP/JMXによる監視機能

SNMPなどはまあオマケで、基本的にこのデータセンター間レプリケーションが目玉であったため、ここだけはソースコードは公開されていなかった。OSS部分は実に膨大で、ソフトウェアの機能でいうと9割以上はOSSとして公開されていたといっていい。いちおうここに機能差の表がある(が、いつまで残っているかはBet365次第だろう)

Bashoの資産はソースコードだけではないし、全ての資産を買収したわけでもない(対応済み)

Bashoの資産は商用版のソースコードだけでなく、他にも多くのものがある。

  1. 既存アカウントとのサポート契約
  2. basho.com のドメインと関連するインターネットサービス( *.basho.com のWebサイトや riak-users などのML
  3. GitHubアカウントや、Bashoが持っていた各種データ、ログ、ビルド関連のツールやサーバーなど
  4. Riakの商標権

たとえばRiakのドキュメント docs.basho.com はしばらく前から利用できなくなっていたし、 RiakのカンファレンスRICONのサイト ricon.io も今はアクセスできくなっている。RiconはRiakに限らない分散システムのカンファレンスを標榜していて、Riakに限らず分散オタクたちのハードコアなカンファレンスとして有名であった(こういうやつ)。まあGitHubアカウントやいろいろな性能や試験などのソフトウェアに関するデータはそのうち出てくるかもしれないし、Bet365が不要だと判断して破棄するかもしれない。

なかんづく重要なのはRiakの商標権で、これについてスレッドでも盛り上がっていた。商標権を確保しているといないとではOSSとしてのRiakの使いやすさが大きく違う。もちろん商標がなくてもライセンスで認められているのでOSSとしてソフトウェアを利用し続けることはできるが、Riakそのものを使ってビジネスをすることが難しくなるし、OSSとして好ましい状態ではない。Hudsonのことを覚えておられる読者諸賢も多いのではないだろうか?

最後の問題点は既存アカウントとのサポート契約だ。Bet365の人からのメールにも "Basho's remaining assets (except support contracts)" と明記されている。つまり厳密には「Bet365とBashoは、Bashoの資産をすべてBet365が買収することで合意」という表現も誤っている。

私の推測では、Bet365の動機はこの商標権とデータセンター間レプリケーションなのではないかと思う。データセンター間レプリケーションは長年の大型クラスタでの無停止運用にも耐えた実績があり、こちらをうまくコミュニティで共同でメンテナンスすることで使い続けたいという意図がOSS化の背景にあると想像している。

「買収」の背景: これはいわゆる普通のスタートアップの買収とは違う

さてRiakやBashoという名前、昨年はほとんどインターネット上で見かけることもなかったと思う。今年に入ってからはめっきり動きがなくなり"Will the last person at Basho please turn out the lights?" と、その消えっぷりに疑問を持つ人が多くいたくらいだ。これが 7/13 で、その月末には End of the road for Basho: Court puts biz into receivership • The Register という記事が出ており、 "filed for receivership in early July after Basho defaulted on payments" と書かれている。つまり資金繰りができなくなって7月にreceivership状態になった(何と訳すのがよいか知らないが「管財申請」とか財産管理状態ということだろう)。Wikipediaによると破産すらできない状態ということらしい。こうなると具体的にどういうプロセスを経ていくのかは詳しくはないので分からないが、こういう状態であるから、いわゆるスタートアップの買収とは異なり人もモノもないので、二束三文の価格だったのだろうと容易に推測できる。つまりBashoに投資した投資家は大損こいたわけである(あれ、Receivershipになったということは投資家には二束三文どころか1セントも戻らないということ?アメリカの制度詳しくないので誰かに教えてほしい)。これは救済とは呼べない。

実際に世界中のオフィスが閉鎖され、ほとんどの従業員が既に解雇されており、Bashoの良心たるMvMが Basho closed とメッセージを発信していた。さてこれで困るのは大規模なRiakクラスタを抱えるユーザーたちである。データセンター間レプリケーションを除くほぼ全ての機能はソースコードが公開されているからすぐには困らないものの、ソフトウェアをメンテナンスしながら使い続けるか、他のソフトウェアに移行するかを選ばなければならない。後者は基本的に黙って去るので、特にインターネット上で観測できない。前者はBet365を筆頭に、BashoとRiakの技術を高く買っているところが集まったようだ。6月にはErlang Solutionsが商用サポートの検討を始め、8月の時点で商用サポートが行われることがアナウンスされた。- Erlang SolutionsのRiakページ によるとRiak CSもサポート対象のようだ。おおお。。。

NHSは商用版に諦めをつけ始めたのか、データセンター間レプリケーションのミドルウェアをRabbitMQを使って作ってしまったようだ(公開直後にBet365のニュースを知って驚いたともコメントしている)。

Riakはこれからどうなるのか?

コミュ二ティでは、Bet365、Erlang Solutions, NHS を中心にメンテナンスが続けられていくだろう。公開予定の商用版コードについてはApache 2ライセンスが支持されているようだ。その場合、Bashoなき今、著作権者は誰になるのだろうか? 素直に Apache 財団に送ってもよいと個人的には思うが、みんなJIRA嫌いだったしなあ…CNCFってこともないだろうしな…

商用サポートについては、アナウンス通りTI Tokyoという東京の会社がサポート契約を買い取っており、既存顧客のサポートはそちらでErlang Solutionsと共同で行われる模様だ。
あとのことは分からない。

まとめ

  • Bet365は「ギャンブルサイト」ではなく伝統的なブックメーカーであり、合法で社会的に認められた事業である
  • 「全製品をオープンソース化」ではなく、これまでプロプライエタリだった部分を公開するとBet365が宣言した
  • Bashoの資産はソースコードの他にもいろいろあって一番不安視されていたのが商標権
  • これはいわゆる普通のスタートアップ買収とは異なるものであるが「救済」という言葉も少し違うと思う

追記: その後コメントをいただき、記事が修正された。時間をみるにわたしが記事を公開した直後の対応だったようだ。

参考

Replication (Lecture Notes in Computer Science)

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Real World HTTP ―歴史とコードに学ぶインターネットとウェブ技術

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ハイパフォーマンス ブラウザネットワーキング ―ネットワークアプリケーションのためのパフォーマンス最適化

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