1000年に一度の天災

ネットイナゴが批判されていたので、軽いノリで茶化したことを反省しながら言い訳。

1000年に一度の天災っていうなら原発を何基建てようが1000年に一度しか起きないんじゃね?(えっ

1000年に一度の天災というのは単なるレトリックだというのはみんな気付いているよね?それに乗せられて確率計算してみるのはちょっとした理系ならみんな思いつくことで、それが間違ってると思うならDisるだけじゃなくて正しい計算をですね…とまあそれは本題じゃない。

もしもいわゆるヘッジファンドとかの資金運用している人たちならリスク確率に応じて妥当なレベルで回避策に投資をするもんだけど、我々のように身ひとつしかない庶民はギャンブラーにならざるを得ない。ギャンブラーとしては、こういうリスクに対する戦略は二通りある。

  1. アリ戦略:万が一のことがあったらいけないのでそれなりに備えをしておく。
  2. キリギリス戦略:天災が起きたら終わり、起きないことを期待して何もしない。

天災が起きるという前提であれば認知バイアスがかかってアリ戦略の方に傾くし、天災が起きない(もしくは想像できない)場合はそういう認知バイアスに従って当然キリギリス戦略を採用するものである。キリギリス戦略が有利な店は、不安を抱える精神的負担も、災害に備える物理的負担も全くないことである。それどころか、そういったコストを払わないので他のことに投資をする(勉強頑張るとかスポーツをするとか部屋がちょっと広くなるとか)ことができ日常生活での競争に有利だろう。災害が起きない限り淘汰圧がかかることはない。
一方アリ戦略を採用すれば、不安を抱えて災害に備えなければならない。キリギリスの逆で、他のことへ投資しなければならないことを安全対策に投資しなければならないし、他人に危険を訴えようものなら狼少年呼ばわりをされかねない。ちょっと不利。でもいざ災害が起こったら生き残る確率が高い。とはいえ確率にも主観確率と客観確率とかいうのがあるらしくて気軽にいえないけど…。
こういうトレードオフの中で個々人がどういう戦略をとるかは多様であってもよいと思うが、人間は人間と関わるもので他人の戦略との違いに悩むものであったりする。死んだら終わり、生き残ったら勝ちの世界であなたはどちらを選びますかという問題である。空気を読んでほどほどに防災しましょうね。ああとどのつまり防災といっても天災と人災に分けられるわけで、天災はまあどうにもならない(例えば地震が起きるとか)のに対して人災は何とかなることが多いので頑張りましょう。自然は残酷ですよ。

赤の女王―性とヒトの進化 (翔泳選書)

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