via Proving grounds of the mad over logs
前にもどっかで書いた気がするけど、情報の記憶の原理ってTM(Turing Machine)とかDNAでは明らかにされてるけど、脳とか蟻とか、そういうよりメタな知識については実はその機構ははっきり解明されてない。っていうか養老先生もそういう関連で話してたりすんのかなぁ。脳についてはいろんな説があって、シナプスの可塑性だとかニューロンストレンジアトラクタだとか云々。っていうかやっぱあんまし知らないけど。

で、今の人類が抱えているもっとも高度なシステムは文明。先史時代は部族社会レベル。サルとか哺乳類の時代は脳とか免疫系とか、群体の複雑な総合としての知識。で、その前は脊椎動物の神経系。その前は多細胞生物の複雑な協調。その前はDNA、蛋白質、代謝系の複雑な協調。その前はRNA系。その前は知らん。

そういった複雑系の頂点にあるシステムの中で、今最も発達が著しいのはまさにインターネットだと思う。瞬時に世界中がよく似た言語で情報交換をする。同一言語上の情報なら一番早い。そうやって情報を交換・ループさせることで常に更新することが、記憶そのものの構造じゃないかと思うわけだ。中学生の頃に学んだ数学なんて、使わないと忘れてしまうだろう? 反復・復習ってのは大切で、その構造ってのは何もお勉強だけにあるわけじゃない。だから、今も母親の胎内で単細胞生物から何度もやり直してる。それが無駄なことだとは思わないが、かといって過剰に繰り返されるのもどうかと思う。

ループによる更新は記憶のためには欠かせない。現に今使ってるPCのメモリだって数十〓数百μ秒毎くらいに一度はデータを更新している。確かそんくらいのオーダーだったはず。記憶は揮発するんだよ。というわけで、フローとかストックとかそういうことじゃなくて僕はループだと思う。

でも、ループによる更新は記憶のためには確かに欠かせないけど、でもそのオーバーヘッドのコストは考えなきゃいけない。いくら歴史が大切でも、みんな歴史学者になる必要はない。で、短期記憶能力とオーバーヘッドから最適なループ周期が見つかるはず。歴史書は短期記憶能力を伸ばすため、Googleはループのオーバーヘッドを減らすためにあると思うんだ。これが我々の暮らすシステムの一部。

考えがまとまれば「無関係な死」でちゃんとしたエントリを書くかも。