直出直帰という言葉は確かにそこにあった

この記事は某所のスレッドのメモを参考にNotebookLMにまとめてもらいました。わたしが書くより断然エモい(けどわたしらしさはない)。
mikit, yuhara, K-ZOさん、皆さんありがとうございました。

社会人としての歩みを始めた頃、当たり前のように使っていた言葉が、いつの間にか世間の辞書から零れ落ちていることに気づくことがある。一般的に使われる「直行直帰」という言葉の陰で、かつて特定の場所で確かに息づいていた言葉、「直出直帰」もその一つだ。

今、この言葉を検索エンジンに投げかけても、返ってくるのは「直行直帰ではありませんか?」という無機質な問いかけばかりである。しかし、かつてPF研という研究所に身を置いていた者たちの記憶には、この四文字が鮮明に刻まれている。当時、日々の業務を管理していた勤怠管理システムを開けば、そこには「直出直帰」という選択肢がプルダウンメニューの中に確かに存在していたからだ。

この言葉を口にする時、その読み方は「ちょくでちょっき」であった。本来の漢字の読みを意識して「ちょくしゅつ」と発音しようとすれば、どこか硬く、言い淀んでしまうような不器用さがあった。そのため、現場の空気感に馴染んだ「ちょくで」という響きが選ばれていったのであろう。ある者は「ちょくで」という言い回しにどこか居心地の悪さを感じ、頭の中でわざわざ「ちょくしゅつ」と律儀に変換して唱えていたというが、多くの者にとって「ちょくでちょっき」というリズムは、オフィスや喫煙所での会話に自然と溶け込んでいた。

この言葉が使われていたPF研は、ソフト研やNS研、そして通網研といった異なる背景を持つ組織が再編されて誕生した場所であった。それぞれの組織が持っていた流儀や文化が混ざり合い、新しい日常が編まれていった時代である。

ふと思い出されるのは、かつての8階エレベーター前の情景だ。どのエレベーターも止まる便利なその階には、かつて喫煙所があった。紫煙の向こう側で交わされた「明日は直出(ちょくで)です」という何気ない報告。当時はエレベーター待ちの行列に悩まされることもなく、時間は今よりも少しだけ緩やかに流れていたように感じる。

数年の時を経て、この言葉を「脳から揮発してしまった」と語る者もいる。今では喫煙所は消え、居室の場所も移り変わり、当時の面影は少しずつ遠ざかっている。それでも、「直出直帰」という響きを耳にする時、かつての静かな廊下や、若き日の研究の日々が、懐かしい風景として胸に蘇るのである。