Gewuerztraminer

というワインを最近覚えた。濃厚な甘口で飲みやすい。
コイツを知っていれば女性の覚えがめでたいそうだ。

ゲヴュルツトラミナー/Gewuerztraminer
http://blog.goo.ne.jp/pfaelzerwein/e/30ee61f61c18f66c6176977d758496da


女心は分からないものだとは言うが、それを言うならそもそも他人の心なんて分かりゃしない。一体我々は何を以って、目の前の人に心があるなんて分かるのだろう。巷には人間並みにチャットしてしまうようなプログラムもある。それでも、他人に心があるととりあえずは仮定せざるを得ない。というか、そう考えないと収拾がつかない。そして、それを忘れたら確実に失敗する。

でも、あるかどうかも確証がないものの中身を分かることなんてできるだろうか?他人の行動原理は基本的に、自分とは全く異なる。それでも、自分の心から類推しなきゃいけない。ぬくぬくと暖房の効いた暖かい部屋から、外の吹雪の世界で何が起こっているかを知らなければならない。そして何かを得るためには、その吹雪の世界に歩き出さなければならない。

つまり相手が何をどう思っているのか察することができなきゃいけない。分からないものを分からなきゃならない。どうやったって確証の得られないことを知らなければならない。間違っていたら是非とも明確な言葉で指摘してほしい、そう思って普段から気をつけているつもりでも、ふとしたことから取り返しのつかないミスをして、他人を傷つけてしまうことがある。そうなってしまっては、どんなに旨いワインを知っていても意味はない。

百歩譲ってどんなに当人が善意の塊であったとしても、そういうことをしてしまっては意味がない。誰もそうは見てくれないし、自分もそういう世界に生きていることは百も承知のつもりだ。見捨てられなければ万が一つにもミスは回復できるかもしれないけど、気付かなければ意味がない。そういうわけで、もしも間違いを犯したとしても見捨てられないように、常に関係各方面にアンテナを張っていなけりゃあならん。間違えないのが一番なんだけどね。


…と、自分を強く戒めるのでありました。それにしてもアレだな、なんか自分の内向性が思いっきり出てるなぁ。