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広がる世界

事実は小説よりも奇なり、人間万事塞翁が馬といわれる。奇妙に絡み合った人間の運命の糸は今こうして僕の手を操ってこの日記を書かせている。自分では全くそういう実感がないのだけども、僕は多分、社会的にはエリートと呼ばれる部類の人間で、コンピューターが好きだったので理系の某大学院を出たら大学に残って研究するのか、どこかのメーカーにでも就職して研究なり開発なりをして技術を変えていくのだろうなあと思っていた。実際に就活をして某大企業に就職して、ここ数年の国産メーカーへの逆風を全く心配しなくてもよいところだったので、その某大企業にいるうちに結婚して、なんだかよくわからないけど30年くらい働いて定年退職して云々といったレールに乗った人生を歩むのだろうなと思っていた。
ところが、である。むしろそういった戦後の高度成長的幻想の世界は無事に否定され、僕は全く異なる文化の全く別の人生を歩もうとしている。Python温泉のために私の人生がそうなったとはいわないが、奇妙に絡み合った運命の糸の結び目のひとつだろうから、ここに書き残しておく。

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温泉前夜

きっかけは何…と考えるとよくわからない。いつの間にかErlang/OTPというシステムに興味を持っていたし、時を同じくしてGoogleやAmazonが歴史を変える論文を発表しており、多くのOSSが登場しては消えていくようになってきた。僕はOSSやそれをとりまくコミュニティというものに興味を持ち、なんとなく各所の勉強会に顔を出してみたり、なんとなくErlangで書いたプログラムをbitbucketでなんとなく公開していた。

そうこうしているうちに、Kaiという分散KVSが登場した。同時に、TokyoCabinetやVoldemort, Hadoopなど多くの分散システムが登場し、僕自身も仕事でそういった製品を作るようになっていた。ところが古い会社なので、古から伝わるCとかCプラスプラスとかいう言語を使ってフルスクラッチで作るというのだ…仕事だからやるけど、Erlangでやったらどうなるかなあ…と思いながらTwitterにカキカキしながら暮らしていたところにKaiが登場したのだ。KaiはErlangで書かれていて分散KVSとしてはひと通りの特徴を備えていた。当時2008年だったか。当時、ロケーションは違えど同僚だった井上さんやVとかいう人が「Erlang分散システム勉強会」というイベントをやっていて、その辺りで知り合ったのだと記憶している。これもきっかけはよく覚えてないがいきなり温泉はハードルが高そうだったので、まずはなんとなくハードルが低そうな旅館とかいうイベントから参加してみた。当時27歳。若い。たしか最初か2番目に会場に到着して初めて話したのが id:ymotongpoo 君である。Vじゃなかったんだよ。当時のとんぷー君はiPhoneアプリだか何だかを作っていたのだがよくわからない理由でXCodeか何かにキレていたのを横目で見て怖い人だなーと思っていた。その後泥酔状態で彼のラジオに出演したり泊まりこんで麻雀したりと、まあ全然怖い人ではなくむしろ聞けば聞くほど人間できすぎていて僕とは違う本物の完璧人間だと知るわけだが。
その旅館でVと話したところ「とりあえず並んどけば来れると思うよーこわくないよー」というので参加を決意したが、今思えば猛獣の檻にネギしょって飛び込むようなものだった。

初めてのPython温泉

そしてPython温泉に参加した。人見知りで1dayのイベントに行っても誰ともろくすっぽ話すことができないので合宿はとても私の肌に合っていて、ろくすっぽ話さないのだが楽だった。確かCouchDBとかお金の話をして、職場ではよくわからなかったビジネスって何とか、金を稼ぐとはどういうことなのか、という話を学ぶことができたと思う。合間にいまでいうPython Developers Festa (当時はPython Hackathonとかいってた)に行っていろんな人と話したりしてなんとなく知り合いが増えたのを覚えている。PyJongもこの頃やってたのかな。
そういうわけで、僕の仕事に対するスタンスは一変した。同時期によい上司に恵まれていたこともあったのだが、ベルセルク風にいうと戦い勝ちとる暮らしへと変わったのだ*1

温泉がくれたもの

そこからなんとなく仕事ができるようになっていった。確かPython温泉の数日前に子供も産まれPython温泉の皆様に出産祝いを頂いた。どこかでお返しをしないとなあと思いながら機会を逃し続けている。みんな財布の紐が緩すぎるよ本当に。夏の暑い日にもPython温泉が開催されたが雨はちゃんと降った。そして最終回といわれるやつに参加した。ぼくはプロプライエタリな仕事と並行してJubatusという仕事に取り組むことになっていた。Python温泉やHackathonで見てきたものを生かして、自分なりにプロジェクトを立ち上げ、コードを書き、技術的なマネジメントも少しだけやった。このときに、Python温泉で飽きるほど語り明かしたことがとても役に立っていて、プロジェクトはどこを目指せばよいのか、どうやってエンジニアをやる気にさせるのか、どうやれば自分たちのソフトウェアが社会に受け入れられるのかをそれなりに考える下地ができていた。僕が直接に関わることはできなかったが大きな成果[ 0, 1 *2 ]も見ることができて、これはPython温泉が果たしたといっても過言ではない。

その後、わたしはVを始めとするErlang/OTP周辺のコミュニティの縁で今の会社に就職することになり、大企業でもがきながら勝ち取る安定した暮らしを捨てて、小さな企業で危険と隣り合わせながらも全速力で勝ち取る暮らしへと人生の舵を切ることになった。後悔をするにはまだまだ早いし、これでよかったんだと安心することなんてできない。挑戦の連続だろうなと思う。

そういうわけで、Python温泉がきっかけのひとつとなって、世界で最も儲かっているネット企業のオフィスでランチできるとか、ベイエリアでベンチャーキャピタリストと話すとか、サンフランシスコでJoseph HellersteinやEric Brewerの話を生で聞けるとか、30を過ぎてなお世界は広がり続けている。

不定期開催になったPython温泉。Python Developers Festaもそうだが、俺くらいになると空気のように馴染んでいるので、会場にいても特に誰とも話す必要がない。ウソです。たまにぼっちを楽しむこともあるが、定期的にいろんな人の現状、笑い話を聞くことができてとてもよい。

そして今

そして2012年、息子がiPad持ち込みで芳泉閣に登場
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  • @tokorotenに「本読んで」と絡む
  • @turkyを連れ回して遊ぶ
  • @ymotongpooにYouTubeで電車画像いちど見せられたが最後、もっと見せろとキレる
  • 息子は@ymotongpooのことを「やまぐちゅん」と呼ぶ
  • 息子、@akisuteを華麗にスルー
  • 二階から起きてくる人に「おかえりー」
  • @ransui にジュースもらったりフルーツニンジャやらしてもらったり
  • @shkumagaiにお絵かきをさせる
  • id:kuma8 にも絡む
  • 後日iPadをみると大量のツーショット画像が
  • @IanMLewisにハローって言ったらしい、日本人なのに変な話
  • スリッパを盛大に整理

さいごはこの画像で締めたいと思う。

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@moriyoshi x bashoマグ 別バージョン

以上、PySpaアドベントカレンダへの参加記事でございました。

*1:百人斬りの前夜、崖から落ちたガッツとキャスカが語り合うシーン

*2:や、成果といってもこれから始まるんですけどね