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博士について

博士に進学したら就職できない・かろうじて一流企業に就職できたらラッキー・周りは教員やその仲間も霞を食ってかろうじて食いつないぢる、といった分野や大学ならば理解できなくもない。しかしながら、これだけの成功体験・機会・およびその情報があるのに、である。

私の場合は、専門分野で成果が出ず博士号をとる自信がなかった&博士号取れないと民間企業への就職は二度と無理、という判断から修士卒で就職した。博士課程に行ったからといって博士号がもらえるわけではない。今でも後悔していないし、我ながら合理的な判断だったと思っている。
たとえば、博士課程に進学はしたものの成果が出ずに博士号を取れなかった人間が、民間企業に修士卒として入るパスがあってもいいと思うが、それがないのが実情だ。なぜ世の中はそんな仕組みになっているんだ?と考えると意外に根が深いことが分かる。民間企業にしてみれば、博士課程を途中でドロップアウトしたようなアヤシイ人間は雇えないという判断が働く。そこには、「ふつうの人なら、博士課程に入れば必ず博士号が取れる」という思い込みがあるから。
これには二つ背景があって、(1)教授が甘やかして、成果が出なくてもとりあえず博士号を取らせる場合があるので、「ふつうの」人なら博士号が普通に取れるように本当になってしまったこと、(2)企業が博士採用を嫌うのを知っているので、自分の功利的判断に忠実な人*1は博士課程に行かない。博士号を取る自信がある人か、研究が本当に好きで続けたい人か、他の世間に適応できない人(or就職活動に失敗した人)のどれかしか博士課程に進まない。
だから、民間企業にしてみれば、博士号持って来る人でさえアヤシイと思っているのに、博士号を取れずにドロップアウトしてきた人間を採用したいと思うはずがない。そういう思い込みがあっても、自分たちに人を見る眼があるなら肩書なんぞに騙されたりしないものだが、残念ながら日本の民間企業に人を見る眼はあまり育たないと思う。種苗買い青田刈りばかりしているので、中途採用市場に流れてくる人材の層がそもそも薄い&中途採用をしないのでノウハウが蓄積されないのである。
2,3回やそこらの面談やグループワークで当人の実力が分かるわけないので、企業にも、自分たちが必要としている人材を見つけられてないこともある。採用活動に投資するよりも、肩書の青田刈りで地頭のいい人間を引っ張ってきて教育に投資する方が確実だった時代があったわけだ。
まあまとめてしまえば、労働力の流動性が足りないとかそういう話になるんだろう。ハッキリいってどうにもならん負のスパイラルだと思う。

こういう負のスパイラルを断ち切るために、どうしたらいいの? 企業がマトモな人材を採用するためにどうしたらいいの? と考えると、GoogleやMicrosoftがやっているような専門技術のテストをきちんとやるべきだと思う。まあ僕らがそのテストをパスして働いているわけではないのでなかなか難しいのだけども、一緒に働く同僚を自分たちで選ぶというのはとても素晴らしいことだと思う。試す側も試される側も、自分が持っている技術を全力でぶつけ合うとかやるべき。やりたい。
こうすれば肩書きなんか関係なく優秀な人間を採用することができるんじゃないだろうか。そしたら、就職と博士課程への進学で悩んでいる学生も、博士号が取れなくてドロップアウトしても割り引いて見られるわけではないので、安心して博士課程にチャレンジすることができるようになる。

*1:マトモに功利的判断できる人は、てTwitterでは書いたけど、バイアスがかかって功利的判断ができないのが人間なんです